浜田あけぼの水産

[代表ごあいさつ]

浜田あけぼの水産代表取締役

当社は、平成23年(2011)に私の父が経営する株式会社室崎商店から企業再生支援機構の支援による事業譲渡によって創業した新しい漁業事業所です。
会社は新しくとも、その根底に流れる「地域の地場産業である水産業を支え、地域とそこに住まう人々の暮らしを発展させる気概」は、地場の水産業を永年にわたり支えてきた株式会社室崎商店の87年の歴史から継承しています。
現在、事業の継続ができたことは、地域の行政・金融機関・企業をはじめとする関係機関の皆様、住民の皆様のご理解とご協力があってこそだと深く感謝しております。そして、そのご支援がいただけたのは、歴代の経営者、その当時働いてくださった皆様が、「漁業事業は、この町になくてはならないもの」として育て上げてくださったからにほかありません。
当社は、浜田(島根県)と下関(山口県)に船団を有しています。浜田漁港と下関漁港は、共に県内最大の水揚げを誇り、日本の水産業を支える重要な拠点として特定第3種漁港にも指定されています。
山陰沖、九州沖で獲れる魚は、味の評価が高く、浜田漁港や下関漁港で水揚げされた魚は、地域の水産業にとってなくてはならないものです。地域には、水産加工業者、卸業者、流通業者が多数存在し、水産業は地域経済と雇用に密接に結びついています。だからこそ、その原料となる魚が水揚げされなければ、主要産業である水産業の経済はまわりません。
私たちがなすべきことは、自社の成長による水産業の継承と発展であり、その発展により地域、日本の経済を豊かにし、さらには、日本が誇る食文化を豊かにすることです。
しかし、魚を獲る漁業事業の従事者は減少傾向にあり、また、多くの船で老朽化が進み、その修繕費や新船の購入費の捻出も厳しい状態にあります。私たちの地域では、沖合底曳網漁業は、最盛期には39を数えた船団が現在5船団に(その内の2船団が当社)。まき網漁業は、30余船団をピークに現在2船団という状況です。
当社は、平成24年から平成29年にかけて国や自治体の支援事業を活用し「リシップ」と呼ばれる漁船の大規模改修を行いました。今後の地域の水産業の未来を創るだけでなく、海水冷却装置や魚倉保冷装置を導入し、うまい魚を獲り、鮮度のよい魚を市場に届ける質の向上にも取り組んでいます。
今後も地域、日本の伝統的な産業である水産業の発展と食文化のさらなる発展を目指し、時代の変化の中でその時々に求められる最適な対応ができるよう設備を整え、社内の制度や働き方も変化させながら全力で挑戦してまいります。
今後とも一層のご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

株式会社あけぼの水産
代表取締役
室﨑 拡勝

[株式会社室崎商店の歴史]

大正13年(1924)
創業、漁業事業を営む。
昭和29年(1954)
水産物缶詰加工業(あけぼの缶詰株式会社)を営む。
※1960年代には、浜田市最大規模の缶詰加工業として生産量は全国でもトップシェアを誇る。
昭和36年(1961)
室崎漁業株式会社を設立、同年に株式会社室崎商店へと社名を変更。
漁業事業、水産物加工、製材、不動産業を手がける。
昭和44年(1969)
地場産業である窯業事業(石州瓦の製造・販売)を開始。
昭和62年(1987)
あけぼの缶詰株式会社を合併。当時の地場産業の中核である水産業、窯業の中で大きな役割を担う事業所であった。
平成3年(1991)
水産物缶詰加工業を撤退。大きな負債を抱える。
平成4年(1992)
地域の水産業・水産加工事業の発展のために冷凍・冷蔵事業を開始するも水揚高の大幅な減少により収益が悪化。窯業事業は、瓦需要の減少によって業績が悪化していき、平成19年(2007)に窯業事業より撤退。
創業からの主力事業である漁業事業は、収益があげられていたものの燃油高や漁船の老朽化による修繕費の増大が利益を圧迫する状況にあった。
平成23年(2011)
永きにわたり地場産業を担ってきた株式会社室崎商店は企業再生の道へと進む。
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